政府は2024年の秋に健康保険証を原則廃止し、マイナンバーカードに一体化する方針を表明しています。これが現実となれば、薬局現場での業務内容にも影響を及ぼすことが予測されます。したがって、マイナ保険証は来年に控えた調剤報酬改定と合わせて今最も注目すべきトピックの一つといえるのではないでしょうか。
マイナ保険証の概要と現状
マイナ保険証とは医療機関や薬局で使用できるよう健康保険証の利用登録が完了しているマイナンバーカードを指します。政府は医療システムのデジタル化による国民の利便性向上と医療サービスの質向上を掲げ、マイナ保険証の普及を推進しています。
2023年8月時点におけるマイナンバーカードの交付率は約75%で、このうち保険証としての登録が完了しているものが約70%となっており、日本の人口の2人に1人以上がマイナンバーカードの健康保険証登録を終えていることになります。
(出典:デジタル庁ウェブサイト「健康保険証としての利用登録」 https://www.digital.go.jp/resources/govdashboard)
また、2023年4月からはマイナ保険証の本格運用を見据え、すべての医療機関・薬局に対してオンライン資格確認のためのカードリーダーの導入が原則として義務付けられました。8月時点で約93%の薬局でマイナ保険証によるオンライン資格確認ができる体制が整っています。
(出典:厚生労働省ウェブサイト「オンライン資格確認の都道府県別導入状況について」 https://www.mhlw.go.jp/stf/index_14821.html)
マイナンバーカードをカードリーダーにかざすと内臓のICチップと顔認証により確実な本人確認と資格確認を一度に行うことが可能となるのです。
しかし、【図1】から読み取れるようにオンライン資格確認の利用件数が2021年の本格運用開始以来、右肩上がりで推移しているにもかかわらず、マイナ保険証を用いたオンライン資格確認の利用件数は割合として非常に小さくほぼ横ばいで推移しています。
【図1】
(出典:厚生労働省ウェブサイト「マイナンバーカードと健康保険証の一体化について」https://www.mhlw.go.jp/content/12401000/001138478.pdf, p27)
現行の健康保険証の廃止まではあと1年ほどに迫っており、交付率も徐々に上昇しているマイナ保険証ですが今時点で効果的に利用されているとは言い難いようです。
マイナ保険の利用に向けた課題
利用が進まない原因としては、医療関係者、患者さん双方のマイナ保険証に対する理解不足が挙げられるのではないでしょうか。
マイナンバーカードをめぐっては、多くのトラブルが日々報道されているなか、政府は、健康保険証の廃止に舵を切りました。一方的で強権的な姿勢にマスコミでは政府に対する批判的な論調が目立ち、国民の不信感も高まっています。
他方、マイナ保険証は、医療DXを推し進めるための基盤になっています。国民にとって非常にメリットが大きいのですが、如何せん評判が良くなく、悪評に打ち消されてしまっている印象です。
6月21日に開かれた中医協総会(中央社会保険医療協議会総会)では、厚生労働省から「医療情報・システム基盤整備体制充実加算にかかるインターネット調査 」(プレ調査)の結果が発表され、国民のマイナ保険証に対する評価が明らかになりました。
本調査によると、マイナ保険証の利用に対するメリットの認知度は、各項目おおむね2〜3割ほどにとどまりました。(【図2】)しかし、メリットの認知度はマイナ保険証を使った受診回数が増えるほど高くなるとも同調査では報告されています。
【図2】
(出典:厚生労働省ウェブサイト「医療情報・システム基盤整備体制充実加算にかかるインターネット調査について(結果報告)」 https://www.mhlw.go.jp/content/12404000/001110541.pdf)
以上を踏まえると、以下の気づきがみえてきます。
「①マイナ保険証のメリットがまだ国民に十分浸透していない。②マイナ保険証は使用回数を重ねるとメリットを感じる仕組みとして機能している」
したがって、マイナ保険証の更なる普及と利用促進のためには、国民に対して、メリットを周知すること、マイナ保険証を実際に使っていただくことが重要です。
そして、マイナ保険証を啓蒙する役割を担うのは、日々患者さんとじかに接している医療関係者の皆様になります。
薬局の関係者様におかれましても、マイナ保険証のメリット、デメリットをしっかりと理解して患者さんへお伝えすることが大切ではないでしょうか。薬局のデジタル化の動向を語るうえでも最重要ワードとなります。今のうちにしっかりとポイントを押さえておきましょう。
次節ではマイナ保険証の具体的なメリット、デメリットを解説していきます。
マイナ保険証のメリット・デメリット
ここでは患者と医療機関・薬局双方の立場からマイナ保険証のメリット・デメリットを整理していきます。
患者のメリット・デメリット
メリット
- 過去の健診や薬剤情報などに基づいたより良い医療・薬の処方を受けることができる
自身の現在そして過去の身体の状態をきっちりと把握し、それを医師や薬剤師に正確に伝えることは意外にもかなり難しいです。 マイナ保険証を利用することで、自身の過去の薬剤情報や特定健診情報をマイナポータルで閲覧できるようになります。また、医師や薬剤師にもこれらの情報を共有でき、患者は自身の健康状態を説明する手間を省きつつ、自身のこれまでの健康状態や薬剤服用歴などを正確かつ漏れなく伝達できるようになります。重複投薬や併用禁忌を防ぐ役割も期待されており、健康に寄与するだけではなく医療費削減の効果も見込めます。 - 転職・転居などによる保険証の切り替えや更新の手間が省ける
従来の健康保険証では転職や引っ越しの際に更新手続きを行い、新たな保険証が届くまで待つ必要がありました。しかし、マイナ保険証では新しい保険者への切り替え手続きが完了していればマイナ保険証でそのまま受診することができます。また、国民健康保険や後期高齢者医療制度においても定期更新が不要となります。 - 限度額以上の一時支払いの手続きが不要に
従来は高額療養費制度を利用するためには事前申請を行い認定証を取得する、または高額な医療費を一時的に自己負担する必要がありました。しかし、マイナ保険証に対応している医療機関であればマイナ保険証をカードリーダーで読み込ませ、申請に必要な情報提供に同意さえすれば限度額超過分を支払う必要はありません。 - 医療費控除の確定申告がラクに
マイナ保険証を利用するとマイナポータルから医療費や診療を受けた医療機関、日時などを参照できるようになります。マイナポータルはe-Taxにオンラインで情報連携できるため、面倒な医療費の管理が不要になり確定申告にかかる手間を減らすことができます。
デメリット
- 情報漏洩のリスク
マイナ保険証は利用者にとってより良い医療を受けるための、かつ手間のかかる諸手続きを簡便化できる非常に優れたツールです。しかし、避けては通れないのがセキュリティ面のリスクです。マイナンバーカードはさまざまな情報を紐づけが可能であり、保険証の機能が付帯すると個人の健康に関するデータの蓄積も行われるようになります。これらはオンライン上で管理される以上、情報流出のリスクをはらんでいます。マイナンバーカードをめぐってはデータの取り扱いに関してすでにさまざまなトラブルが表出しています。とりわけ個人情報の取り扱いに対しては国民の強い懸念があります。
しかし、もちろんセキュリティ対策は万全になされています。リスクを正しく認識し、拒否感を示す患者に対しても正しく説明することが重要となってきます。
薬局のメリット・デメリット
メリット
- 正確な情報に基づく質の高い医療、薬の処方を行うことができる
マイナ保険証を用いることによって、患者の同意を得たうえで過去の薬剤情報や特定健診の情報の閲覧が可能となります。これらの情報を基にして、より正確な診断や薬の処方を行うことができます。たとえかかりつけ薬剤師でなくても、本人の同意があれば直近の情報を閲覧することができるようになるので、出先や災害時などにおいても、かかりつけの医療機関以外で受けることのできる医療の質も必然的に向上することになるでしょう。
- 人為的ミスが減り、事務作業の手間が軽減する
マイナ保険証では顔写真と電子証明書という仕組みにより確実な本人確認と資格確認が可能となります。資格情報の入力や患者確認などの手間が軽減され誤記リスクの減少やレセプトの返戻を回避することができるほか、過誤請求にともなう事務処理負担も減らすことができます。
デメリット
- 導入・運用のコスト
マイナ保険証を活用するためには、以下のものを準備する必要があります。
- カードの情報を読み取るための顔認証付きカードリーダーの購入
- ネットワーク環境の整備
- オンライン資格確認に対応するためのソフトのバージョンアップ
- (場合によっては)端末の購入などのために初期費用
条件を満たせば補助金の活用も可能ですが、維持費や機器のトラブルに応じた出費などのランニングコストも必須のため、補助金だけですべてをまかなうことは困難でしょう。
- 患者フォローの負担増
患者さんのマイナ保険証にスムーズに切り替えるにはどうすればよいかも現場を悩ます種の一つとなりそうです。特に薬局の利用機会の多い高齢者にとってはデジタル機器への馴染みが薄く、そういった方へのフォローによってスタッフの負担が増えることが見込まれます。患者さんが抵抗を覚えず、マイナ保険証へ移行できるように、マニュアルを考えるなど、対策を事前に考える必要があるでしょう。
- 情報管理コスト
薬剤師が特定健診情報や過去の薬剤情報など個人のきわめてプライベートな情報へのアクセスが可能になると、それに応じて管理者の情報管理への責任も大きくなります。情報の扱いにはきわめてセンシティブにならざるをえず、通常の業務を圧迫する恐れがあります。
薬局が今後取り組むべきこと
政府はマイナ保険証を“医療DXの基盤となる仕組み”と言及しています。これを踏まえると、マイナ保険証の普及によって薬局のデジタル化が一層進展していくことが見込まれます。では、今薬局はどういったことに取り組んでいくべきでしょうか?
- マイナ保険証の普及をチャンスと捉える
マイナ保険証の普及が進むに伴い、患者が薬局を選ぶ基準が変化し、薬局への人の流れが変化する可能性があります。なぜなら、マイナ保険証の利用によって”かかりつけ”以外の医師や薬剤師でもひとしく患者の健康状態や過去の服薬情報の閲覧が可能となるからです。
この情報を有効活用して丁寧な服薬指導が可能になれば、他の薬局との差別化を図れるようになるでしょう。新たな顧客獲得にもつながり、処方箋集中率の軽減も期待できます。
薬局のデジタル化が進み、患者の薬の受け取り方も多様化しています。マイナ保険証の普及をチャンスと捉え、効果的に活用して患者から選ばれる薬局を目指しましょう。 - 他国の事例に目を向ける
日本は医療分野におけるDX化で他国に遅れをとっていると一般に言われています。他国ではすでに日本でいうところのマイナンバーカードが医療分野で積極的に活用され、成功を収めている事例もございます。
たとえば、エストニアでは発行される処方箋の99%以上が電子処方箋(デジタル庁ウェブサイト)と言われています。カルテや処方箋の情報が国民一人一人の電子身分証明書と紐づいて保管される仕組みが整っています。エストニアがこういった医療のデジタル化に成功したのは国民のほぼ全てが国民IDカードを所有(電子国家 e-Estoniaウェブサイト)していた為です。
こうして他国の事例に目を向けてみると、マイナ保険証や医療のデジタル化に対するイメージがしやすくなり、患者さんに説明する際にも非常に役立つのではないでしょうか。
まとめ
薬局の現場からはマイナ保険証の実用化に懐疑的な声が多く聞かれ、実際、先行きは不透明な部分も多くあります。しかし、政府は今後もマイナ保険証の普及を強い意志をもって推し進めていく姿勢を見せています。そして国民の半数に1人がすでにマイナ保険証を所持している揺るぎない事実があります。前述を踏まえると、遠くない未来に従来の健康保険証に代わってマイナ保険証が主流になり、薬局のデジタル化が加速することは想像に難くありません。メリット、デメリットをしっかりと押さえ、効果的な運用に向けた準備を進めていきましょう。
薬局のデジタル化が加速し、経営課題も多角化していく中で、CBコンサルティングでは薬局のさまざまな課題に応じた解決策を提示しております。
まずは貴社のおかれた状況を把握するために企業価値診断から初めてみませんか?貴社の抱える課題を業界に精通したコンサルタントが解決します。
【関連記事】
⇒Withコロナ、afterコロナを見据えた、今薬局が取り組むべき宣伝方法
⇒今後どうなる?オンライン服薬指導
⇒電子化・オンライン化の流れに対応できるか
⇒オンライン化